胸になんか刺さった

胸になんか刺さったことを書きます

13年前、電通に入社した頃の自分に伝えたい10のこと

このエントリーで昔のことを思い出したので、もう1記事書いてみます。

 

2003年、電通に入社した。築地の電通ビルで内定式を行った最後の世代であり、汐留の電通ビルで入社式を行った最初の世代。別にだから何だ、という話だが、それから気がついたらもう13年もの月日が経つ。クリエイティブ職に就いてからも13年。振り返ってみれば失敗ばかりだった気がする。「もうちょっとやりようなかったのか」最近時間ができるとそんなことばかり考えてしまう。もし13年前、汐留の電通ホールで早く帰ることしか考えていなかった自分に会えるとしたら、伝えておきたいことをまとめてみた。

 

1. お前は「最後の砦」だ

自分を「最後の砦」だと思って仕事をしている人間と、そうでない人間の成長のスピードは、プラレールとリニアモーターカーくらい違うぞ。「絶対にミスを見逃さない」「絶対にこのプレゼンで決める」「絶対に俺の案で決める」そう思いながら仕事してる人間になるか。「先輩がいる」「デザイナーだからコピーのことは関係ない」「失敗しても会社の責任」そう思いながら仕事をする人間になるか、お前の未来は心持ち一つで決まるぞ。

 

2. とにかくネタのストックだ

優秀な人間ほど、情報の収集に余念がない。優秀な営業やプロデューサーは常に新しい「組み手」を探していて「こういう仕事が来たらここに相談しよう」「こういう問題が起きたらこう対処しよう」とシュミレーションしながら、始まってもいない仕事に対して準備している。お前がいるクリエイティブも同様、優秀な人間ほど、頼まれてもいないのにネタのストックを死ぬほど抱えていて、ものすごい量の引き出しを持っている。仕事が「来てから」考える人間との差は、歴然となる。

 

3. 仕事は「引き」だ、「押し」じゃなくて

「引き」のコミュニケーションの使い方が、「イケてるビジネスマン」になるか、「可もなく不可もないビジネスマン」になるかの分かれ目になるぞ。相手を見て、状況を見て、押しすぎるとここではマイナスだ、と感じた時は引き、発言しない方が良い局面では発言しない。また、馬鹿なふりをした方が良い時は大笑いし、馬鹿になりきる。「あいつと仕事すると何か楽しいんだよな」「あいつの言うことは断れないんだよな」と言われるのは、そういう人間だ。

 

4. 仕事は整理だぞ

仕事を整理できる人間は強いぞ。すべての打ち合わせの前に議題を整理し、「今日決めたいこと」を打ち合わせの前、参加者に明示する。そして、打ち合わせの場で最短時間で決めないといけないことを決める。打ち合わせの終わりには結論を伝え、「今日決まったこと」をメールでシェアしみんなの認識にズレがないようにする。整理することは、無駄をなくすことにつながり、効率と自分の精神的、肉体的余裕を生んでくれるぞ。

 

5. 人への頼り方を学べ

「自分ができないこと」を知れ。できないことは無理して自分ではやらず、できる人に任せる。その代わり「頼るべき人、会社」を必ず準備しておけ。また「サボり方」も学んでおけ。勝負時にフルコミットできるよう、上司や同僚、パートナーに頼りながら「自分が一番力を発揮できること、タイミング」を見極めろ。

 

6. お金の話がうまくできる人間になれ

お金の話はビジネス上一番重要だぞ。自分が受注側であれ、発注側であれ、はじめにお金の話をきちっとしてモヤモヤを残さないことが重要だ。自分の要望を伝え、条件が折り合わなければ撤退することも必要だ。受注したからには相手が想定していなかった何かを付加して納品しろ。それが次の仕事の、同じ金額での受注につながる。発注したからには値切ったりするな、自分の言ったことに対しては身銭を切ってでも責任を持て。それが信頼を生む。

 

7. 第三者視点でモノを見れる人間になれ

第三者視点でモノを見れる人間になると仕事の仕方が変わってくるぞ。自分のエゴや「やりたい」だけでなく、そのアイデアが採用され、世の中に出て行くまでにどれくらいの、どのような人が関与し、どのようなフローで決裁されていくのか。また、そのアイデアが世の中に出た時、どのようなモノとして受け入れられるのか。それを第三者視点で捉えようとすることで仕事の精度は高まってくる。

 

8. 誰にも負けない何かを習得しろ

同じ仕事をしている人間は、みんなその仕事のプロだ。しかし、もう一つ誰にも負けない武器を身につけることで自分の強みはかけがえのないものになる。「フィギュアに強い」でも「アフリカのサッカーの歴史のことなら誰にも負けない」でもいい。自分が絶対一番だと胸を張れる何かを習得し、それを仕事でどう生かすか、それを常に考えておけ。

 

9. いつまでも「自分は未熟」だと思え

「現状の自分」に決して満足してはいけない。自分に足りないものは何か、自分が好きでまだ取り組んでいないものは何かをつねに探し続けろ。「自分はまだまだ素人だ」という意識をつねに持ち続けろ。「今の自分には何が足りないのか」を分析し、その足りないものを身につける努力を続けることこそが、誰にも負けない「自分」を生む。

 

10. 自分の誤りは簡単に認めろ

自分が誤っているとわかったらすぐに謝れ。プライドの高い人間ほど、自分の正当性を示すために無駄な時間を過ごしてしまう。社内も、クライアントも同じ方向を向いたチームメイトだと考えられれば、自分の失敗ではなく、チームの成功だけに目を向けられるぞ。

 

以上、13年前の自分は知らなかった。それでいて自分が13年間で学んだことの中で必要だと思う10のことをまとめてみた。これからの仕事人生も、この10を大切に持っていきたいと思う。

 

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「この人無理かも」の直感は外れない

最近つくづく思うことがある。

 

「直感」というものを大切にした方がいい、と。 

 

振り返れば「この人無理かも」と思った人は無理な場合がほとんどだったし、偉い人から頼まれた仕事で「君のキャリアになるよ、絶対やった方がいい」なんて言われて取り組んだ仕事は、だいたい終わったあと後悔した。

 

同じように何か気がすすまないけど、ギャラが良いから受けようとか、この仕事をやればあの仕事がついてくるだろうとか、直感の外側で判断を下した仕事に、あまり良い思い出はないように思う。

 

そんなことを考えていたら、ふとあの事を思い出した。

 

会社員になって初めて1人で任された、ある仕事の話だ。こう言っちゃなんだが、とても大きいクライアントの、とても小さい仕事だった。担当者は上司全員に怖がられている、おじちゃんと呼んでもいい年齢の人だった。みんなが色んな言い訳を作って、おじちゃんの仕事を抜けていった。みんなの「直感」が判断していたのだろう「その仕事から逃げろ」と。

 

みんなが、おじちゃんの仕事から抜けきったあと、最後に残ってその仕事の担当になったのは「直感」のスイッチが備わっていない自分だった。

 

広告代理店に勤めるクリエイターの直感とは大したもので、とにかくその仕事は辛かった。何本書いても何本書いてもコピーが通らない。毎週毎週、おじちゃんに怒られながらコピーを書き続けた。初めての夏休み、彼女と行ったプーケットのホテルの机の上でもコピーを書き続けていた。夏に始まったその仕事は、秋になっても終わる気配を見せなかった。書いたコピーは1000を超えていた。

 

「こんなコピー書くんだよ(怒)」そう言って、その場でおじちゃんが書いたコピーは、当時の自分の腰が抜けるほどのクオリティだった。「クライアントは企画が苦手だから代理店に発注する」そんなわかりやすい構図を頭に描いていた自分にとってそれは、とても不思議な体験でもあった。

 

とても辛い、長い時間だった。クリエイティブを仕事にして13年経った今思い返しても、あの時が間違いなくダントツで辛かった。

 

とても辛い、長い時間だった。とても辛い、長い時間だった。けど、

 

とても楽しい時間だった。

 

「この人無理」先輩たちがそう判断を下したおじちゃんを、私は最後まで「無理」だとは思えなかった。

 

銀座の街角で、コートを身にまとう人が増えはじめた頃、その仕事はようやく終わった。最後にどんな言葉を交わしたのかも覚えていないが、それ以来パタリと、おじちゃんに会うことはなくなった。

 

社会人4年目の冬、自分にもようやく直感が備わってきた頃、退社することを決意した。今思えば大変無礼な話だが、私は当時仕事をしていたクライアントに「ついでに」伝えた以外、過去仕事をご一緒したどのクライアント担当者にも退社することを告げず、会社を去ろうとしていた。

 

退社まで数日に迫った2007年3月のある日。やることもなくなっていたので、ボーッとPC画面を覗き込んでいると、突然おじちゃんから4年ぶりにメールが送られてきた。差出人を見た時、心臓が縮み上がるかと思ったが、おそるおそるメールを開封した。

 

こう書かれていた。

 

会社を辞めることを、田中くん(仮名)から聞きました。おめでとう(?)ございます。なかなか厳しい世界ですが、歯を食いしばって頑張って下さい。

 

最後にこう添えてあった。

 

追伸:4年前のあの数ヶ月、楽しかったです。

 

読んだ後、涙が止まらなくなった。

 

辞める、という決意に後悔はなかったが、不安はあったのかもしれない。社内の誰からも「お前と仕事した4年間楽しかったぜ」なんて言われなかったから、今思えば大したことのないその4年間を、それでもちゃんと評価してくれる人がいた。しかも、それは先輩たちが直感的に「無理だ」と判断し、自分が直感的に「大丈夫だ」と判断した人だった。まだ何者でもない自分にも「何か」、何かわからない「何か」があるかもしれない、だから頑張ろう。そんなお守りのような勇気を与えてくれたのは、間違いなく一度しか仕事をしていないおじちゃんだった。

 

「直感なんて信用しちゃ駄目、ちゃんと冷静に考えなきゃ」

 

この13年間、そんな言葉ばかり聞いてきた気がする。仕事だけでなく人生においてもリスクをヘッジする。そんな時代のキリキリした空気に自分を慣らし過ぎて、直感というものがどんどん霞んで見えなくなってきた気がする。でも、

 

自分が人生の中で手にする、数少ない忘れられない思い出はきっと、直感と仲良しであるはず。

 

なんだと思う。

 

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「空気を変えられる人」と仕事がしたいし、自分もそうなりたいということ

13年も同じ仕事をやっていると、色んな人間に出会う。色んなムカつく人間に出会うし、色んな素晴らしい人間にも出会う。

 

何もない時、つまり、うまく仕事がまわっている時よりも、仕事がヤバイ時、「予算ハマりません」とか「タレント怒ってます」とか「社長がやりなおしって言ってます」とか、そんなビミョーな状況下でドンヨリした空気を一瞬で変えられる人に、自分もなりたいと思い、そういう人と仕事がしたいと思っている。

 

もう全員で頭を丸めて土下座するしかないような状況で「いやぁ、参っちゃったな」と笑い飛ばせる上司とか、クライアントで死ぬほど怒られ、外に出るやいなや爆笑してくれる先輩とか、自分もなりたいと思い、自分もそういう人と仕事がしたいと思っている。

 

「空気を変える」と言えば、ある映画の1シーンを想い出す。

「ショーシャンクの空に」の主人公、アンディ・デュフレーンは図書係だった。彼は、無実の妻殺しの罪を着せられ19年間服役することになるのだが、ある日、寄贈図書とともに届いたレコードを、放送室を占拠し、刑務所中に大音量で流した。楽曲は、モーツァルト『フィガロの結婚』第3幕「手紙の二重唱」だった。

 

刑務に服していた受刑者、広場に出ていた受刑者、そこにいた全員が空を仰いで聴き入る。人間が作った塀なんかを軽く飛び越えていく、高い高いソプラノの声に彼らは束の間の「自由」を味わった。空気が、変わった。

 

調達屋のレッドが想う。

「俺はこれが何の歌か知らない。よほど美しい内容の歌なのだろう。豊かな歌声が我々の頭上に優しく響き渡った。美しい鳥が塀を消すかのようだった。短い間だったが皆が自由な気分を味わった。」

 

余談だが、「手紙の二重唱」は、実は映画のラストシーンにつながっている。「手紙の二重唱」にあるメッセージ「今夜、林の松の木の下でお待ちしています」は、映画の中で、デュフレーンが後にレッドに言った「出所したらバクストンの牧草地のカシの木の下に来てほしい」につながっている。

 

「ショーシャンクの空に」の素晴らしさは、また別の機会に書くとして、そう、アンディ・デュフレーンのように「空気を変えられる存在」。絶体絶命の時にこそ、笑顔でいられる人間に、自分もなりたいと思い、自分もそういう人と仕事がしたいと思っている。

 

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