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胸になんか刺さった

クリエイティブディレクター西島知宏が、思考、企画、表現、言葉などについて書きます

まったく意味がない小説『ATM』

ゆきこは自分の番を待っていた。

そこは財閥系都市銀行のATM。誰もがお金を預けたいと思っている銀行だ。

 

次が自分の番。ゆきこはそう感じとり、おもむろに最前列を抜け、最後尾に並んだ。

 

自分が最後尾であることを確認したゆきこは、一歩前に踏み出し、後ろに一歩後退した。

 

ゆきこは財閥系都市銀行のキャッシュカードを財布にしまい、チャックを閉めた。そして、しばらくしてもう一度チャックをあけた。その所作の美しさはまるで春一番に咲くアズマイチゲのようだった。

 

「すいません・・・」

 

ゆきこは前に並んでいる初老の男性に声をかける。

 

「この100円で」

 

ゆきこが差し出す100円を不思議そうに見つめる男性。ゆきこは続ける。

 

「この100円であなたの100円を譲っては頂けませんか?」

 

ゆきこのこの行為は資本主義への反逆であり、トランプ政権に牙をむくメキシコ人そのものだった。むろんゆきこにメキシコの血は入っていないし、トルティーヤスープも飲んだことはない。

 

ゆきこの気迫に押された初老の男性は、ゆきこが差し出した100円玉を受け取り、ゆきこに200円を手渡した。100円の持ち合わせがなかったゆきこは50円玉2枚を手渡した。

 

「さてゆきこちゃんが手に持っている現金はいくらでしょう?」

 

唐突なクイズだった。

 

クイズに気が動転した初老の男性は列を抜け出し幡ヶ谷の駅に向かって猛ダッシュした。

 

かすかに微笑みを浮かべたゆきこは自分の後ろに並んでいた女子高生を自分の前に並ばせる。

 

そうこうしているうちにまた、ゆきこの番になった。

 

「次、あな・・・」

 

銀行員が一番奥のATMにゆきこを誘導しようとしたその瞬間、ゆきこはまた、その声が聞こえなかったかのように列を抜け出し、最後尾に並んだ。

 

そして。

 

一歩前に踏み出し、後ろに一歩下がった。手には、100円玉が握られていた。

 

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